Vol.32 「正しい行動」と「稼ぐ」ことの両立 (2020.8.26)

新型コロナのポジティブ要素

突然襲ってきた新型コロナの影響で、今年の春以降のお客様対応・営業活動は、年初に思っていたものとは大きく変わってしまいました。
そんななかにあって、本レターVol.29に書いた「銀⾏に⼊って以来、今が⼀番、お客様のことを真剣に考え、真正面から向き合えている。大変だけど、やり甲斐を感じている」と⾔う⾏職員が少なからずいたことは、新型コロナが地域⾦融機関にもたらしたポジティブな要素と⾔えるでしょう。

GIVEが先でGETは後。先義後利

春以降におこなわれたセミナーや紙誌の記事、SNS等での発信を⾒ると、業界にかかわらず商売全般について、

・GIVEが先で、GETは後
・先義後利

というキーワードが飛び交っていました。
地域⾦融機関に対しても同様で、

・地域⾦融機関がなすべきことは、地域やお客様の価値向上で、そのためにトコトン寄り添え
・⾃分たちの目先の利益を追うな
・上記をしていれば、利益は後からついてくる

という主張が多く⾒られました。
⾔わんとしていることは、BC(Beforeコロナ)時代から変わってなく、新型コロナを受けて、改めて大事さが強調された、と⾔ったところでしょうか。

安易に受け⼊れて大丈夫?

これらの主張について、思うところがあります。
もちろん、先の3つが成り⽴つのがベストで、そうなればいいと思っています。
しかし、安易に受け⼊れてしまうことには危惧があります。

今のままで、利益は後からついてくるか

掘り下げてみます。
「地域やお客様の価値向上にむけ寄り添え」というのは異論ありません。
「⾃⼰都合での目先の利益を追うな」もその通りで、この期に及んで、お客様のためにならない商品を銀⾏都合でセールスするなど⾔語道断です。
しかし、最後の「利益は後からついてくる」は、地域⾦融機関の場合、よほどうまく設計しないと「利益がついてこなかった」になってしまう危険を感じます。
⼀昔前・二昔前であれば、無償でおこなったサービスでも、最後に融資に辿り着けば、⾦利で稼ぐことができました。
しかし今は、融資の⾦利で稼げる時代ではありません。コンサルティング等による⼿数料収⼊とて、ほとんどの地域⾦融機関は、まだ利益を確保する⼒は、開発・構築の途上でしょう。
ここに、「利益は後からついてくる」について、収益性の高い商品・サービスを有している事業者と、地域⾦融機関との決定的な差異があります。

利益がついてこないと厳しいものに

「利益は後からついてくる」マインドが(安易に)浸透すると、「この活動は、地域やお客様に価値あるものだから、利益がでなくても構わない」という思考になりがちです。これは、プレッシャーがかからず、現在の取組みを⾃⼰肯定できるので、とても⼼地良いものです。
現場の第⼀線の⽅は、この思考で動いても良いですが、稼ぎ⽅の策のないままに、本部まで⼼地良い思考に浸かっては危険です。
多大な時間と⼈をかけて地域・お客様のために活動をしたあとに利益がついてこなければ、単なる地域の慈善事業者になってしまいます。慈善事業者となれば、今の⼈数・給与水準での組織運営は成り⽴ちません。
さらに⾔うと、今年の秋以降は、信⽤コストは増大となる可能性が高そうです。従来以上に稼ぐ⼒を高めないと、厳しくなってしまいます。

「正しい⾏動」と「稼ぐ」の両⽴

誤解なきよう補足しますが、だからと⾔って、⾃⼰都合での目先の利益を追う必要がある、とは思っていません。
先に⾔及した
 ・地域やお客様の価値向上にむけ寄り添う
 ・⾃⼰都合での目先の利益を追うな
は「正しい⾏動」です。
そこに
 ・利益は後からついてくる
のは美しく理想ですが、成り⾏きにまかせたままで実現するか、というのが述べてきたことです。
だからこそ、今の活動の先に、どのような非⾦利での収益機会を“⾒つけ”て、ないしは収益機会を“創出”して「稼ぐ」かを、今、先延ばしをせずに考え、設計しておいて欲しいというのが、私の思いです。

論語と算盤

⾔っていることは、渋沢栄⼀翁の「論語と算盤」そのものです(余談ですが、渋沢栄⼀翁が好きなので、名前を出すのは本レターのVol.4、Vol.10に続き3回目です)。二宮尊徳翁の「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝⾔である」とも⼀緒です。
裏を返せば、簡単ではないからこそ、こうした偉⼈の⾔葉として残っているわけです。
「正しい⾏動」と「稼ぐ」ことの両⽴は、地域⾦融機関にとってもチャレンジングなテーマだと理解しています。だからと⾔って目を背けていると、なかなか厳しいものになってしまいます。
今、難しい検討にチャレンジし、将来への明るい芽を増やして欲しいと願っています。
以上、髙橋昌裕からのYELLでした。